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3Dラーニング・アソシエイツ

経営幹部教育の新潮流
  (労政時報「随想プラザ」2006年10月掲載)

 

中国とインドにどう対応するのか

ネットビジネスの成長やグローバリゼーションの進展により、世界中の競争の仕方と速度が大きく変化した2000年以降、当然のことながら、世界の経営幹部教育の内容も大きく変化した。環境条件の変化に対応するために、変革のマネージの仕方や、変化を創り出すのに必要なリーダーシップの育て方、不確実性をどうハンドリングするかなどが中心課題と考えられたが、その他にもガバナンスや倫理的意思決定、持続可能な成長など、取り組むべき課題が多く、ある意味で方向が分かりにくい感じがした。しかし、最近になると、課題が明確になり、回答はまだ十分に出来ていないが、何を考えなければならないかは、はっきりしてきた。
中国の製造業、インドのソフトウェア産業に勝つためにどうするかが中長期的な課題という認識が、世界中の企業とハーバードやIMDなどの上級経営幹部教育機関に広がったのだ。いくら技術をブラックボクス化しても、知的所有権をおさえても、時間がたてば知識は伝播する。対抗策は独創性を高める以外にない。では、どうするかである。
 

イノベーション・プロセスか多様性の活用か

方向は二つあり、一つは、イノベーションのプロセスに着目し、イノベーター、インキュベター、インベスター、それぞれの育成に注力するというもの。新しいものを生み出すイノベーターが大切なことは言を待たないが、アイデアと事業の間に横たわる、死の谷を越える道筋を案内するガイドや、事業成長に必要な資金を提供する投資家の育成が大切という考え方である。もう一つは、高度なマネジメント能力によりチームの多様性を活かし独創的な製品やサービスを生み出そうというもの。例えば、強い価格競争力を維持するために、ワールドワイドなサプライチェーンを構築するとしよう。サプライチェーンが広がれば広がるほど地域ごとのインフラの違いや効率に対する考え方の差などのマネージが必要になる。この時、チームの中にいろいろな文化的背景を持つ人々がいれば、上手に問題に対処できる可能性は高くなる。異なる文化の存在は、新しいアイデアを見つけるのにも役立つ。
 しかし、多様な価値観をマネージすることは、やはり簡単なことではない。多様性が生み出す問題に正面から立ち向かえるエクゼクティブの育成が不可欠となる。イノベーション・プロセス、多様性の活用、どちらの方策をとるにしても、大切なのは人を育てる能力で、現在が教育力競争の時代といわれる理由の一つがここにある。
 

3Dラーニング

人を育てるという課題を基本に戻って考えようとすると、人が学習するプロセスについて検討することが必要になる。学習とは、少し専門的に言えば、刺激を受けたことに反応し行動様式が変化することである。行動様式が変化するためには、次の三つの局面を経過する必要があると考えられる。最初は、情報が刺激として与えられる局面で、知識やスキルを学ぶ段階がこれに相当する 次が、その刺激が心の動きと結びつく局面で、刺激が感情を動かすレベルに到達することが必要である。そうでないと、推移は見守っているが行動は変化しない傍観者が生まれるだけだ。最後が、感情が動いたおかげで、最初の局面で入手した知識やスキルを実際の場面に適用しようと試みる局面である。知識は使ってみることにより、初めて自分のものとなり、行動の仕方が変わってくる。
なにやら説明が難しく感じられるかもしれないが、小学生や中学生の時代を思い出せば理解しやすい。先生が好きだったのでその学科が出来るようになったといった経験があるはずだ。局面1、算数を教えてもらった。局面2、先生が好きになり、好きな先生にほめられたいと思った。局面3、それで予習復習をした。結果として算数の点数が上がり、自信が生まれ他の学科の成績もあがった。三つの局面を通過するのでスリー・ディメンジョナル・ラーニングと呼ぶが、行動様式を変化させようとする時、考慮にすべきプロセスといえる。従来の教育は、局面1の知識とスキルの習得に偏っていて、心の動きを考慮することや、実際に使う場面の提供には、配慮が不足がちであったと思う。企業内教育のプログラムもいろいろあるが、どちらかといえば講師を並べただけの連続講演会の趣で、行動が変わるかどうかは参加者にまかされ、プログラムを提供した人材開発部門は、責任を負わないのが普通である。これでは教育力競争の時代は勝ち抜けない。
 

全体としてのプログラム設計

経営幹部教育の新しい動きは、学習に関する三つの局面を考慮に入れた、全体的なプログラム・デザインである。単なる知識の付与ではなく一つの体験を提供しそれにより行動様式の変化を促そうと考える。受講前の心の姿勢を整えることから職場に戻った後のフォローアップまでを一体として設計する。誰にこの教育プログラムを受講させるか、受講者を誰がどう動機付けといった事前の配慮から受講後おこなわれる配置の変更まで一貫した考え方に基づくデザインである。いわゆるローテーションも、習ったことを実際の局面に適用する機会の提供と位置づけられ、さらには、本人のこれまでの評価が妥当かどうか、本当の実力を試す場とされる。
日本の場合は、正義の味方派的考え方の影響はもっと大きい。80年代、日本企業の強い国際競争力のお陰で、日本的経営が注目を集め、長期的視点から雇用を重要視する日本型HRMがもてはやされた。そのため日本では、どういう企業であれ日本型HRMが正しいという姿勢が強くなり、結果的に、戦略論などに対するHRM関係者の関心は高まらなかった。
 世界の経営幹部教育は、教育と人事配置、評価との連動が大切という世界から、さらに加えて、三つの局面を意識したトータルなプログラム設計が必要という方向に動いている。人材開発競争の時代は、人材開発部門だけでなく、人的資源管理に携わるチーム全体の力量が問われるのである。
 
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これからも随時他のビジネス誌等に寄稿した関島康雄のコラムをご紹介していく予定です。
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