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グローバル化時代の人事部に必要な機能  戦略的アウトソーシング能力
  (日本人材マネジメント協会 会報誌「インサイト」 2011年7月掲載)

 
 

1.ビジネスを支援しなければならない

二つのTから二つのTへ

  80年代以降米国では、人事部門の仕事の主流は、二つのTから二つのTに移った。前の二つのTとは、Translation翻訳と Transaction 処理。人事部門の仕事でいえば、従業員に就業規則や給与制度などを分かりやすく説明すること(翻訳)、および給与計算や採用などの処理(データを入力し、処理をして結果を出力する)がこれに相当する。

後ろの二つのTは、Transition 移行と Transformation 変態。移行とは、外部環境の変化に合わせ会社の制度やシステムを変える作業、例えば企業年金制度を確定給付型から確定拠出型に変更するような仕事を指す。変態は、毛虫が蝶になるような大きな変化を助けること。フィンランドのノキアがゴム長靴、木材パルプの会社から携帯電話の会社に変身したような、大きな変化を支援するのが人事部門の主たる仕事であるべきという考え方である。

  このような変化が起こった理由は、日本や欧州企業の米国市場への参入、ネットビジネスの急成長などの影響で企業間の競争が激しくなり、「間接部門も利益の創出にもっと貢献するべきだという要求が強くなった」からである。そのため、事業戦略に適合した人材マネジメントが強く求められるようになった。しかし、人事部門はビジネスとの距離が遠いだけでなく、戦略論やマーケティングについての知識も不足していて、その要求に素早く応えることが出来なかった。

98年の米国Human Resource Institute の調査では、「人事部門は、現代の組織が要求する付加価値のあるサービスを提供していない、さらにがっかりすることには人事部門の人はビジネスに関心が薄い」と批判された。人事部門は病気だとか、不用だとかいわれたのはこの時期である。

  このような状況を改善するために生まれた努力が、二つのTから二つのTへという動きである。翻訳や処理に相当するような仕事は外部に業務委託し、より中核的な業務、すなわち環境条件の変化に合わせ人事勤労関係の仕組みを改善することや、企業を大きく変革することに力を注ぐべきだという考え方である。「人、物、金に代表される企業の活動のうち、人に関する問題を取り扱うのが人事部門の仕事」という定義を離れ、「人事部門は変革のエージェントである」という新しい定義が生まれたのだ。

  人材マネジメントに関する研究分野でも、競争戦略と人材マネジメントの適合性について検討する戦略人事論が盛んになった。戦略理論では、外部環境と戦略の適合性および内部リソースと戦略の適合性が重要と考えられるが、人材マネジメントも、労働市場や労働慣行といった外部環境に適合するだけでなく、戦略と適合した人材マネジメントであるべきで、そのためには、採用、組織構造、処遇、人材開発といった機能が、ばらばらに動くのではなく、お互いが補完しあう関係になることが重要と考えられるようになった。

 

変化に乏しい日本の人事部

  このような動きに比べると日本の人材マネジメントの動きは変化に乏しい。採用、処遇、教育、福利といった機能を担当する部署が、それぞれがビジネスとは直接的に関係しない目標を定めて活動し、戦略的な目標にむかって努力する形にはなっていない。ビジネスとの距離は遠く、あいかわらず管理業務が中心で変革のエージェントという感じにほど遠い。変化が乏しいことにより、人事部門は必要だがそれほど重要ではない部署になりつつある。二つのTから二つのTへという動きが起こる直前の米国の状況に、よく似ている。

  日本の人事部門があまり変化しないのには理由がある。一つは正義の味方派の存在、もう一つは企業戦略の不在である。正義の味方派は、人材マネジメントを会社と個人、双方の利益に貢献する有用な方法ととらえる。組織内の風通しをよくし、公平な処遇を心がけ、従業員のやる気を引き出し、より満足して働いてもらう。その方が会社の業績も良くなり、株主も喜ぶ。結果的に社会も雇用の確保というメリットを受けることができると考える。ビジネスとは別に人材マネジメントとして正しいことが存在すると考える所に特徴がある。

  これに対してダークサイド派(映画スターウォーズからきた言葉で正義の味方派の対抗グループ)は、従業員のやる気を引き出すというような発想は、人を操るもので結果的に個人が自分でものを考えたり選択したりすることを妨げる。従業員にも株主にも社会にも貢献するというように人材マネジメントの対象を広く取ると、努力が分散し効率が低下する。企業の業績に貢献することに焦点を絞るべきだ。会社の業績があがれば、株主にも従業員にも報いることができる。社会的貢献は、成長する企業、衰退する企業という形で判断してくれるので、市場にまかせればよいと考える。

  戦後の日本の人材マネジメントは、圧倒的に正義の味方派が多数をしめ、ダークサイド派は少数であった。お陰でビジネスとの関係が薄い人事部門という伝統が現在まで続いてしまった。

  経営戦略の不在とは、日本企業の大部分が価格と品質を武器として世界と競争し、戦略では競争しなかったことを指す。しかし、戦略の不在というのは少し言い過ぎである。欧米企業は、市場という外部環境に対しどのようなポジションを取るかを検討し、内部のリソースを勘案しながら「事前に戦略を立案する」という傾向を持つ。

そのため、1.戦略の策定、2.戦略を実行する為に必要な組織や人材、3.必要な組織や人材を支援する人材マネジメントという順序で物事が進みやすい。戦略が決まれば直ぐに人事部門もそれに対応することを迫られる。これに対して、日本企業は、顧客ニーズや競争相手の動向にどう対応するかといった課題にまず取り組み、その試行錯誤を通して「戦略が事後的に決まる」という傾向がある。戦略が無いわけではなく、徐々に決まるので、外から見るとはっきしないのである。

そのため、変わるべきという圧力は人事部門にゆっくりとしかかからない。ビジネスとは別に人材マネジメントとして正しいことが存在するという考え方と、事後的に決まる戦略という傾向の影響が強いために、日本の人事部門は変化に乏しい。だが、それでは日本企業がグローバル化する競争に耐えることは難しい。

 

2.外部環境は大きく変化した

雇われる能力が重要

  グローバル化時代の特徴は、企業を買収したり事業部門を売却したりするM&Aや事業構造改革に伴うリストラが、特別なことではなく、普通なことになったことだ。このため、思わぬときに仕事を失う可能性が高まり、雇われる能力が重要となった。

  この場合、企業の業績に貢献すべしと考えるダークサイド派の悩みは少ない。戦略上M&Aや構造改革が必要と判断した以上、人員整理が伴ってもやむをえない、雇われる能力の育成は自己責任と割り切れる。これに対し正義の味方派は対応が複雑になる。株主だけでなく従業員にも貢献すべきと考えるからだ。

  雇用を大切に考える正義の味方派であれば、次のように考えるべきである。「M&Aが普通なことになった以上、企業が雇用の永続性を保証することはできない。しかし従業員の雇われる能力を高めることは出来る。雇われる能力の育成は、個人と会社の両方に責任があるので、解雇されても他の会社に雇われるよう、広く世の中に通用する知識を学ぶ機会を増やす必要がある。学習の機会は提供するが、その機会を利用するかどうかは従業員に任せる」。

ところが現実の日本の人材開発の現状は、上記のようにはなっていない。社内研修は、相変わらず社内講師による、情報の共有化やその企業特有の知識の付与が中心で、世の中一般に通用する技術や知識の付与は目的とされていない。また、社内からの参加者ばかりだと、どうしても新鮮な刺激にとぼしい。外部の講習に参加できればよいのだが、経費節減を名目に参加を制限する会社も多い。これでは人材開発の効果は上がらない。

M&Aや事業構造の改革がごく普通なことになったというビジネス環境の変化を直視しないので、結果的に、正義派の割には従業員にやさしくない。日立製作所に入社したのに三菱電機の社員に、キャノンの社員に、ウエスタンデジタルの社員になってしまったという現象が続出するときに、日立製作所で役に立つことだけを教えていたのでは片手落ちなのである。だがそのことを強く認識している人は数が多くない。外部環境の変化に立ち遅れているのだ。

 

世界中に仕事の場が広がった

  外部環境の変化のもう一つの特徴は、世界中に競争相手とサプライヤー(部品・材料だけでなく企業向けサービスを含む広い意味)がいるという世界が出現したことである。グローバル化の初期には、外国からの輸入品が急増した場合、国は国内産業を保護する立場から、「ここで売るならここで作れ」と企業に要求した。自動車産業でみられた現地生産、現地化比率の要求がその典型である。

しかし、初めは国に強要される形で海外に進出した企業も、次第に自分の判断で海外進出を決めるようになる。「市場に近い所で生産」する方が、市場の好みをすばやく製品に反映させることが出来るからだ。安い労働力を利用するために海外に進出した企業も、初めは製品を組み立てるだけであったが、次第に製品の開発もおこなうようになったので、この方式を実行したといえる。部品産業もお客の海外生産につられ海外に進出した。

  その後、デジタル技術の進歩とインターネットの普及が新しいタイプを生み出した。設計は自分で行い、中核部品を日本から、汎用部品は台湾と韓国から調達し、中国で組み立てて、米国へ出荷するといった方式である。それぞれが得意なことを生かすことにより、競争上優位な位置を獲得するという考え方である。

設計から組み立てまでを、一貫して一つの工場内で行う場合でも、海外の工場と日本の工場が担当する製品は区分する方が効率的である。量産品は海外、高級品は日本といった棲み分けである。さらには海外工場の実力が向上し、生産は海外、開発は国内はという変化もうまれた。ものの造り方は「ここで売るならここで作れ」から「市場に近い所で生産」へ、そして「自分は何をし、人には何を頼むか、」へ、と変化したのだ。

  このような動きは、人材マネジメントに大きな影響を与えざるを得ない。市場に近い所での生産にともない、海外に工場や販売拠点をつくることが普通になり、現地での採用や教育・訓練、処遇制度の設計という仕事が増加した。海外の工場と国内の工場の棲み分けにともない、リストラの必要性も高まった。M&Aに伴う業務も増えざるをえない。人事部門の仕事の範囲は従来に比べ、とても広がったのだ。

問題は、前のTにも、後ろのTにも取り組まなければならないことである。海外に新しく作った組織やM&Aで生まれた組織では、会社の規則や制度を説明したり、採用や希望退職を実行したりといった仕事は避けてとおれない。国内では、事業のグローバル化に適応するための変革にもチャレンジしなければならい。だが、全ての仕事を自分だけで実行することはとてもできない。人事部門も「自分は何をし、人には何を頼むか」を考えなければならないのだ。このようなとき参考になるのは、サプライチェーン・マネジメントの考え方である。

 

3.「自分は何をし、人には何を頼むか」を考える

サプライチェーン・マネジメントとは何か

  大震災によってサプライチェーンという言葉が知れ渡るようになった。それが分断されることにより商品の供給がとどこうるケースに人々の関心が集まった。そのため、サプライチェーンとは、原材料や部品の供給ルートのことと理解されてしまった。間違ってはいないが、それは表面的な理解である。サプライチェーンは、人材マネジメントと同様、ビジネスの仕方を支える仕掛けなのである。

例をあげると、野球でヒットの数を増やそうとすると方法は二つだ。打率をあげるか、打席数を増やすかである。打率2割であれば10打席で2安打、3割なら10打席で3安打。一方、打率2割でも20打席なら4安打。安打を受注額とすると、前者は売れ筋商品や優良顧客に絞って営業をする方法、後者は多種類の商品を揃え、広い範囲の顧客を対象にビジネスを展開する方法である。どちらにするかによりサプライチェーンの作り方は変わってくる。

例えば、
1)受注生産の場合、打率型であれば見積もり依頼の内容を吟味し、お客の要求に性能、価格、納期などをどのように組み合わせたら受注する確率が高くなるかを考える。そのために顧客別の過去の受注実績、機能別の設計工数や部品の在庫などの情報を知る必要がある。打席型も同じような情報が必要だが、理由は機会損失を避けることに眼目があるので、製品を素早く供給することを重視する。製品在庫といっても、販売店に在庫があるもの、工場から販売店に輸送中のもの、工場の倉庫にあるもの、といった細かいデータが求められる。

2)自分でおこなう部分のデータは入手しやすいが、他人に頼む部分の情報は入手しにくい。自分で作る部品の場合は、工場は在庫がいくらあるか直ぐに把握できるが、営業は工場に訊かなければならない。外部から購入する場合は、もう少し大変で、部品会社にいつ納入できるか問い合わせなければならない。制作を依頼した場合は、作業の進捗状況をチェックする必要がある。問い合わせにたいする回答がどのくらい正しいかも分かりにくい。工夫が必要である。

3)他人に頼んだ部分の情報を入手するには、こちらの情報も開示する必要がある。営業は工場の在庫や生産計画がわかれば、お客に納期回答がしやすい。工場は商品別の受注状況や納期が分かれば、生産計画が立てやすい。それぞれが、互いに持つデータを利用しあうことができれば、情報の開示にたいする抵抗は減少する。社外から部品を購入する場合でも同様で、メーカーの生産計画を部品メーカーが随時見ることができれば、過剰生産や過少生産を避けることが出来る。結果、コストの低減ができ、その分を両者で分け合うことが可能になる。

  サプライチェーンは、まさにビジネスを実行するための道具である。単なる供給ルートではなく、他人に上手に物事を依頼するための道具なのである。

 

均質化か、それとも多様化か

  グローバル化に適応する為の業務を全て自分でおこなうことに無理がある以上、人事部門も他の人の力を借りなければならない。そのためには、サプライチェーンを構築する際、打率か打席かといった選択が必要であったように、まず、自分にとって好ましい仕事の方法を選択しなければならない。そうしなければ人に頼むことが決まりにくい。

  外国に進出し、そこで成功する企業になろうとすると、人材マネジメントは二つの課題に直面する。一つは自社の強みを支える人材マネジメントを異なる環境下で実行すること、もう一つは、進出先の法的な規制や労働慣行などの労働環境に適応することである。答えの出し方は大きく分けると二通りだ。現地の労働環境にはある程度適応するものの、自己の人材マネジメントが最上であると確信し、世界中ほぼ同一のやりかたを押し通す均質化方式か、現地の流儀を優先し自分流はコアと目される部分のみに留める多様化方式かである。前者は米国系の企業に多く見られるのに対し、日本企業はどちらかというと後者であることが多い。

理由の一つは、戦略決まり方の違いである。会社が達成したいビジョンがあり、そこにいたる道筋として戦略があり、それを支える人材マネジメントがあるというように、大きな絵が先にある米国流の場合は、戦略は事前に決まる。そのため会社は「我々のやり方はこうで、好ましいと思う人材はこうだ」と説明しやすい。労働環境の異なるところでも自分流を押し通すことができる。

  これに対して、当面の課題に取り組むことが優先し、そのあと徐々に戦略が決まってくる日本流の場合は、まず現地の事情に詳しい人事課長を採用し人を集め、もの造りのやり方、例えば整理整頓を教えるといった順序になり勝ちであり、人材マネジメントの方式については、現地流と日本流の切り分けがあいまいなまま事業が進められる。そのため後になって、日本企業は昇進が遅い、権限が委譲されないなどの苦情が多くなり、ときには人材が流出に繋がってしまう。このような事態になって、ようやくどの部分を現地流、どの部分を自社流にするかが決まるのだが、現地の意見を尊重する傾向が強いので、国別に異なる仕掛けが出来上がる可能性が高い。

  仕事の仕方の典型を整理すると、「業績に貢献する人材マネジメント、事前に決まる戦略、均質化志向」というタイプと「利害関係者に貢献する人材マネジメント、事後に決まる戦略、多様化容認」というタイプに区分できる。典型なので、実際は上記の六つの要素はいろいろな組み合わせが可能である。

経営の仕方も中央集権型と分権型の間を時代の変化とともに振り子のようにゆれていて、それに応じて人材マネジメントのあり方も典型の間でゆれているので、どちらが正しいとは言いがたい。ただいえることは、均質化を求める方は、やりたいことがはっきりしているので、自分ですることと人に頼むことの切り分けがしやすい。多様性を認める方は、地域の実情にあわせることに時間をとられるため、切り分けが進みにくい。立ち上がり時期に自分でやる部分が増えてしまいがちなのだ。

 

4.戦略的アウトソーシング

台所を見せ合う関係をつくる

  自分でするべきことをおこなわず人に頼むことを、他人の資源(ソース)を活用するという意味でアウトソーシングとよぶ。サプライチェーン・マネジメントを他人に上手に物事を依頼する方法とすると、アウトソーシングは、その柱の一つである。通常、人にものを頼む理由は、自分でできなくはないが他の人に頼んだ方が安い、あるいは速いのでお願いするという場合と、自分では出来ないので頼む場合に分かれる。どちらの場合も頼む内容を明確にしておく必要がある。

  例えば、給与計算を専門業者に委託したとしよう。給与計算のためには出欠勤や時間外作業時間などの情報が不可欠である。あるとき特定の部門の時間外作業時間を委託先に連絡するのを忘れたとする。その結果、一部の従業員の給与が間違って支給されてしまった。この場合、落ち度は業者側にはない。しかし、いつも残業がある部門なのに残業ゼロはおかしいと考え「何か事情がありましたか」と、問い合わせていたらこの間違えは防げたはずである。通常の人事担当者であればするようなチェックはやって欲しいと考えるとすると、そのことは委託契約に記載する必要がある。

部品を購入する場合、特別に作ってもらう場合は仕様書に要求の詳細を示すが、給与計算のようなサービスを購入する場合は、基本契約のほかにサービスの内容を規定するSLAサービス・レベル・アグリーメントを結ぶことが必要になる。契約で品質の保証をおこなうのである。しかしサービスの内容を細かく決めるのは実はそれほど簡単ではない。私の経験では、フランスの工場で清掃業務を依頼するための契約書は、厚さがかなりなものになった。本館の窓を拭くという作業だけでも、布で拭く、水で洗う、洗剤をつけて洗うという区分を、事務所、食堂、トイレといった場所別に、回数の指定をしなければならないためだ。

サービスの内容を細かく挙げる代わりに事例を示すことで規定する方法もある。「残業時間と出勤率については全社平均と部署別のデータを比較し異常値がある場合は速やかに報告するなど、通常の人事部であればおこなう程度の点検は毎月おこなうものとする」といった規定の仕方である。いずれにしろ海外で人に仕事を頼む場合は、英文契約書の作り方についての基礎知識と、人事部門の業務を実行するさいのノウハウの整理が必要になる。

 

戦略的な活用

  通常、アウトソーシングは、処理的な業務を外部に委託することによりコストを低減するというところから始まる。より高度なのは、外部に委託することにより生まれた時間や人材を、より必要度の高い業務に振り向けるという使い方である。問題は、委託した業務に関する能力が、時の経過とともに次第に失われることだ。始めのうちは自分でも出来るので、納入された仕事の良し悪しを判定することができる。

しかし自分ではその仕事をしないので、専門家も減り、少し技術が変化したりすると仕事の良し悪しが分からなくなってくる。それ故、仕事を評価するため目利き能力の維持に留意しなければならない。人に委託するにしても、試作センターで少量は生産するといった工夫が必要となる。しかし相手が、こちらの目利き能力の不足に付け込んでコストの高いものや品質の悪いものを押し付けるというような恐れが無い場合はその必要は軽減される。

  サプライチェーンの事例で見たように、契約で品質を確保する方法よりすぐれた方法は、業務を委託する側と受託する側の双方にメリットがあるようにすることである。ポイントは、相手の選び方にある。給与関係の場合であれば、「イギリスでは、このようなインセンティブ・プランが普通です」といったアドバイスも可能な専門業者が望ましい。受託側からすれば、単に給与計算を引き受けるだけでなくコンサルテーションといったより高級な仕事が出来る会社に成長したい。そのためには他社にも応用できるような優れた給与制度を持つ会社と取引したい。双方とも将来のビジネスを考慮に入れて、仕事の上でパートナーとないうる相手を戦略的に選ぶ必要がある。

  自分ができないことを委託する場合は、仕様を確定することが難しい。部品の場合でも、「こういう製品を造りたいのだが、そのためにこういう機能を果たす部品を作れないか、費用はこの範囲までと考えているのだが」という相談の仕方になる。人事部門の場合でも同様で、「世界中でほぼ共通のジョブ・グレード制を導入したい。グレード数やレンジレートの幅を地域別にかえてもよいが、評価要素のうちこれだけは企業文化の維持に不可欠なのではずしたくない。4パターンぐらいに収まるとうれしい。」といった形になる。

この場合は、依頼する業務の仕様を、双方で相談の上作成することから仕事が始まる。この場合のポイントは、依頼する業務を適切に選ぶことができるかどうかである。なぜそのプロジェクトを他の専門家の力を借りてまでして実行したいかを十分考えないと時間と費用が無駄になる。最近目に付くのは、たとえばグローバル人材の育成プログラムを提案してほしいなどといった形で複数のコンサルタントや教育会社に依頼し、人事部門の仕事はその中から選ぶだけといった仕事の仕方である。

テーマが流行やトップの意見により選ばれることが多いので、担当者は十分ニーズを把握できていない。そのため頼みたいことの細部を上手く説明できないので、仕様が固まらない。提案側もそれらしいものをみつくろって並べるだけになってしまう。これでは効果的なアウトソーシングにはならない。

  自分で出来ることを依頼する場合でも自分が出来ないことを依頼するでも、必要なのは長期的な目標を定め、そこにいたる道筋をいろいろ検討するといった戦略的な思考である。資材部門がサプライヤーを選ぶ際、値段と品質だけで決めることはしない。会社の特徴その他を必ず勘案する。人事部門も同様な視点が必要である。

例えば、いずれ世界中でマネジャークラスの採用をおこなうと予想される場合、ヘッドハンターはグローバルなネットワークを持つところと特定地域に強いところの両方と関係を強める必要がある。エンジニアの採用に強いところ、経理部門の採用を得意とするところといった色分けも把握しなければ、採用の為のよいサプライチェーンは構築できない。あるポストのマネージャーを採用するという発想ではなく、広く、長く考えなければならない。

  これまでの仕事の仕方から考えると、日本企業は人材マネジメントの多様性を認める方を選択する可能性が高い。その場合、人材マネジメント上これだけは守って欲しいというコア部分と地域性を認める部分とを区分する作業が発生する。一方、大きな絵から順番に考えるのが普通である人々にたいしては、事後的であれ改めて会社のビジョンを作成し、それと人材マネジメントとの関係を説明しなければならない。四つのTとの全面戦争は避けられそうもないのである。となれば、人の力を活用せざるをえない。人事部門にとって今後必要な機能は、アウトソーシングという技術を戦略的に活用する能力である。

 
以上

 
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