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新時代の人材育成戦略は「自ら成長する人を育てる」
  (愛知経協新春特集パート2 2009年1月掲載)

 
 

新しい時代は、ビジネスモデルによる競争が特徴

 世紀と世紀の境目には、次の時代の特徴点を示す変化が現れるといわれる。21世紀の競争の仕方がどのように変化するかは、まだ定かではないが、95年から05年までの間に起こった変化のいくつかは、新しい時代のトレンドを示すように思われる。その変化とは、1)グローバリゼーション、2)インターネットの使い方の進化、3)ものの作り方の競争、の三つである。この三つは相互に絡み合い、95年以降明らかになった世界の競争の特徴点、「ビジネスモデルによる競争」を、一層強める方向に働いている。

 ビジネスモデルとは、簡単に整理すれば「どうすれば会社が上手くいくか、を語る筋書きのこと」で次の二つの質問に答えるものである。質問の1は、「あなたのお客さんは誰で、お客さんにどういう価値を提供するのですか」というもの。質問の2は、「どのようにしてこの事業で利益をあげるのですか」である。別な表現をすれば、前者はマーケティングに関する質問、後者は競争戦略についての質問ということになる。この二つの質問は、ビジネスに関する基本的な質問なので、ビジネスモデルという考え方は別に新しいものではなく、昔から存在していたと考えられるが、改めて注目されるようになったのは、95年以降のネットビジネスの興隆のおかげである。

 ネットビジネスの場合、物理的に店舗を開設したりはしないので、新規参入コストが安いという特徴を持つ。そのため、ビジネスモデルが真似をされやすく、競争に勝つには、新しいビジネスモデルを考え、すばやく成長しブランド名を確立することが求められた。

ネットビジネスの成長とともに、従来型企業との競争も激しくなり、既存の企業も自己のビジネスモデルについて再考することが必要になった。ビジネスモデルの優位性を確立することが、競争に勝つためのカギとなったのだ。

 

世界中に競争相手が広がった

 ビジネスモデルとうい考え方に、先に述べた3つの変化がどう影響したかを調べてみよう。日本を支える産業は、今のところ製造業なので、製造業を対象にグローバリゼーションがどう進んだか考えてみる。日本の製造業が、海外に立地する理由は、時代とともに変化している。生産コストが低いことをねらって東南アジアの途上国に進出した時代。欧米先進国から、「日本からの輸入品の増加は、失業をもたらす、ここで売るなら、ここで作れ」と、現地生産を要求された時代など。しかし、現在では、強制されて進出するのではなく、市場に近いところで生産した方が、市場の好みを速く反映できるという理由や、部品の調達に便利といった理由で、企業が自分で立地を選択するケースが主流である。ビジネスモデルでいえば、立地の選択は、「自分の特徴点を考慮した上での、お客さんの選び方、提供する価値、競争戦略に関する判断の結果」である。

この選択に大きな影響をあたえたものが、インターネットというITインフラとデジタル技術の進歩である。これによって、研究開発から販売とサービスまでの、「ものを作る工程を細かく分割すること」が可能になり、世界中の企業から、部品を購入したり生産を委託したりすることが出来るようになった。このため、世界中の企業が競争相手と考えざるをえなくなってきた。このとき気がつくのは、ものを作る方式の違いである。一つは、各工程や部品の組み合わせを摺り合わせながら、研究開発から製品の販売までを、大部分自分で行うやり方。もう一つは、パソコンのように、標準化された部品を世界中から集め組み立ててしまう方式。日本が得意なのは前者であるが、後者の方式で作られた製品とも競争しなければならない。あらためて、自分の特徴点強み、弱みを良く考えて「自分がすることと、他人に頼むことの区分をする必要」が意識され始めた。

グロバリゼーション、インターネット、ものの作り方の二方式の間の競争、の三つの変化は、企業に、自己のビジネスモデルをより深く考えることを要求しているのである。

 

求められているのは自律型のプロ人材

 それでは、ビジネスモデルで競争する時代に必要な人材像とはどのようなものかを、「お客さんは誰で、どういう価値を提供するか」という視点から検討してみよう。

ものが豊富にあり、お客さんも、自分の欲しいものが、はっきりと分かっているわけではない時代になると、「お客さんの欲しいものはこれではありませんか」という提案が重要になる。お客さんからの「こんな感じのことはできないか」という相談から、製品やサービスが生まれる。いわば、商品を提供する側とお客さんが一緒になって「ものづくり」をする時代である。これは、家庭医と患者の関係に良く似ている。「来週、海外出張しますがどんな薬を持っていったらよいのでしょうか」と、かかりつけの医師に相談した場面を想像してみよう。医師は相談されてはじめて提案できる。提案できるのは、血圧が高いとか、血糖値が高いとか、普段の患者さんの状態を、よく知っているからである。これから検査しその結果を待って提案するのでは、来週の出張に間に合わない。

お客さんから相談される条件は、専門性が高くかつお客さんに信頼されていることで、提案できる条件は、お客のビジネスを良く知っていて、専門性を活用して意見が述べられることである。「会社に帰って、関係部署と相談します」という営業マンでは、注文は取れない。要は、ベンチのサインをいちいち見ないでもプレーの出来る選手、専門性の高い自律型の人材が求められるのだ。

 

複雑な問題に対処するのにも自律型プロ人材が不可欠

 とはいえ、現代の問題は、かかりつけの医師と患者の関係やベテラン営業と得意先の関係のようには単純ではない。人々の考え方や欲求が多様化するに従って、問題は複雑化する。例えば、「良い洗濯機とは何か」という問いに対する答えは、「汚れがよく落ちる」だけでなく、「生地を傷めない」とか「エコ」とか、いろいろある。答えを出そうとすると、設計、製造、資材、営業といった社内関係者の意見だけでなく、量販店、実際に使っている人などの意見も聴かなければならない。世界中から部品を購入している場合など、話はもっと複雑になる。とても一人では解決できない。このように、現代の会社には、複雑な問題があふれている。

複雑な問題を一定の期間内に解決しようとする場合採られるのは、「チームによる解決」である。いろいろな分野のプロ人材を集め、知恵を出し合うことにより解決策を見出す。このとき集められたメンバーに必要とされるのは、何のために集められたのかという課題を共有することと、目標達成のために自分は何が出来るかを考えることである。そのため、メンバーは全体と部分を同時に考えられる、自律したプロ人材でなければならない。なぜなら、リーダーが答えを持っているわけではないので、どうして Why、なぜなら Because、それならThen、といった形で、自然に説明者が交代しながら検討が進行するのでないと答えが見つけられない。相手の意見を理解し、その上で自分の意見が述べられなければ問題解決に貢献できない。リーダーシップが、リーダー一人に求められるのではなく、メンバーそれぞれに求められる。「自律的プロ人材なくしてチームなし」なのである。
 

人を育てるには「育てる仕掛け」、「育つ気持ち」、「育つ場」の三つが必要

 では、どうすれば自律的プロ人材(私は自律的プロ人材を、専門性も大事だが、経営的なセンスも大切という意味で、組織内一人親方と呼んでいる。)を育てることができるかだが、人が育つためには三つの条件が揃う必要がある。一つは、「人を育てる仕掛け」、これには教育プログラムだけでなく、実際に仕事を教える過程や業績評価の方法、企業文化などが含まれる。二つ目は、「育つ気持ち」。人を育てる仕掛けがととのっていても、育てられる人の方に、成長したいという意欲がないと、仕掛けが機能しない。さらに、育てる仕掛けと育つ気持ちがあっても、習ったことを実際に使う場がないと、人は育ちにくい。「育つ場」が必要である。この三つの条件のうち、自律的専門家に育つためにもっとも必要なのは、二番目の「育つ気持ち」である。理由は、高い専門性は、自ら進んで学習する気持ちがないと、一定レベル以上高まらないからである。よって、育つ気持ちについて考えてみよう

育つ気持ちの源泉の一つは、「こういう人生を送りたい」、「こういうことをやってみたい」という願望である。これをキャリア観とよぼう。願望を達成すべく人は努力する。もう一つの源泉は、リーダーシップである。自分はどういう時に成長したか振り返って欲しい。期待されたときに少しがんばったはずである。「お兄ちゃんになったのだから」、「小学生になったのだから」、「社会人になったのだから」と、節目節目で期待され、その期待に応えようとして努力、すなわち、自分自身に対してリーダーシップを発揮できたので、成長できたのである。課長に昇進したとき課長に必要な能力をすべて備えている人はまれである。課長になってからその能力を身につけるのが普通だ。キャリアとは、生き方に関する中長期の目標であるが、過去を振り返ったときの成長の記録でもある。成長の陰には、リーダーシップがある。

 

専門性を育てるには、自分らしさと自律性を鍛えなければならない

 こういう人生を送りたいというキャリア目標を達成するためには、何らかの分野の専門家になることが必要である。だが専門性は専門分野の知識を勉強するだけでは、十分には育たない。平たく言えば、好きでないことはなかなか上手にならないし、教科書や先輩のいう通りやっているだけでは、新しいことは見つけられないからである。独自の切り口、自分の工夫がないと一流にはなれない。「専門性」は「自分らしさ」「自律性」という二つの要素に支えられているのだ(図表参照)。
従って、どうしたら「自分らしさ」や「自律性」を育てることができるか、が次のテーマとなる(自分らしさ、自律性の定義は別表参照)。基本的には、どちらも、人と触れ合い議論することによって育つ。他人と触れ合わなければ、自分は人とどこが違うかを理解することは出来ない。人と対話しなければ、自分の意見に賛成してもらうことも、協力してもらうことも出来ない。それゆえ、表面的なコミュニケーションでは、自分らしさも自律性も高めることができない。真摯な対話の機会が重要になる。上司と部下、仲間同士、お客などとの対話である。

■図表 自律的プロ人材(一人親方)の定義


■別表1 自分らしさの定義


■別表2 自律性の定義

 

自分で成長したいと努力する人を応援

 世界中が競争相手であり、複雑な問題が数多く存在する時代、自分のビジネスモデルの優位性を確立するためには、多くの自律的プロ人材、組織内一人親方が必要である。従って、新しい時代の人材育成戦略は、「組織内一人親方をいかに多く育成するか」が目標となる。戦略という言葉は、幅広い意味を持つが、この場合、「遠くの丘の上の旗に到達するための道筋を考えること」と定義しよう。遠くの旗が、組織内一人親方である。

戦略の大枠は、次のようなものになる。「道筋には多くの障害物があると予想されるが、要はこの旗に向かって自分で歩いている人が、たくさんいればよい。当然、障害物を取り除く努力はするが、全部は取り除けないので、各人が自分で障害物を避けて進むことができるような能力を付与する訓練は準備する。各人の体力、好みはいろいろなので、訓練を受けるかどうかは自由。道筋の選択はそれぞれの判断に任せよう。旗には、到達すればよく、速さは問わない。」

上記を具体的な施策に置きなおすと、歩く人を増やすために、1)「遠くの旗、一人親方になるのは大変だが、なれれば自分らしい人生を送ることが出来る。大変だが(途中経過も含め)面白い。やってみる価値がある」というヴィジョンをPRする。障害物を取り除く方策として 2)人を育てることを良しとする企業文化や評価制度などを整備する。成長したい気持ちが育つよう応援するため 3)キャリアについて考えるプログラムとリーダーシップ訓練を充実させる。障害物克服訓練として、マーケティング論や戦略論を学習する機会や、出来るだけ早い時期に失敗や困難を経験できる機会を設ける、などになる。

キャリアとは、「どういう職業人生活を送りたいか」という問いに対して出した、「自分なりの答え」である。それゆえ、専門として選ぶ分野もいろいろであり、目標に向かって歩く速度もいろいろになる。選択は個人に任せよう。しかし、自分で歩く人でなければ目標には到達できない。

ビジネスモデルで競争する時代は、ビジネスモデルの変更がともなう。世界中が競争相手であれば、優勝劣敗は常である。したがって会社は永続的な雇用は保証できない、が正直なところだ。そのかわり、従業員に対し他社でも通用する高い技術や能力を身に着ける機会を提供する責任がある。提供した機会を利用するかしないかは、各人のキャリア観による。新しい時代の人材育成は、会社は「自ら成長する人を応援する」というシンプルで分かりやすい戦略を採用するのが一番である。個人は自分らしい人生をめざし自分で成長する。どちらにとっても、「自ら成長する人」が望ましいのである。

 
以上
 
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