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組織に頼らず、組織を使う「一人親方」で生き抜く
  (「週刊エコノミスト」 2010年1月掲載)

 
 

ピンチはチャンス

 日本経済に元気がない。理由は、日本の働く人の大部分を占めるサラリーマン、サラリーウーマンが元気でないからだ。この人達が元気を出せば、日本経済は元気になる。では、どうしたらサラリーマン、サラリーウーマンが元気になるのだろうか。答えは、「仕事の上で、自分が自分の経営者になれるよう努力する」にある。

仕事の上で、自分が自分の経営者である典型は、セルフ・エンプロイド(私は一人親方という言葉をあてているが)とよばれる人々だ。セルフ・エンプロイドとは自分自身が経営者でもあり従業員でもある人のことで、自作農、個人事業主などがそれにあたる。世界という舞台で活躍する芸術家やスポーツ選手もこの仲間といえる。組織に所属する場合でも、組織と対等な立場で契約を交わし、十分な働き場所が与えられなければ、別な組織に働き場所をみつける。ヤンキースからエンジェルスに移った松井のケースを思い浮かべると、セルフ・エンプロイドの概念は分かりやすい。そういうことが出来るのは、松井のようなスーパースターだけだと思うかもしれないが、そうではない。

チャンスはピンチ、ピンチはチャンスという言葉があるが、実は現在は、セルフ・エンプロイドがとても生きやすい時期なのである。普通に会社に勤めていても、セルフ・エンプロイド的な生き方は可能なのだ。いや、そういう人を会社は必要としているし、そういう人がたくさんいないと、グローバル化した競争に生き残れない。ビジネスの現状に少し眼を向けてみよう。

 

相談されるようでないと注文はとれない

 現在が不況なのは、理由はいろいろだが、要は、ものやサービスがあまり売れないためである。周りにものが豊かになった結果、買いたいものがないというより、欲しいものが何かをお客の側も良く分かっていない、という状況が生まれた。そのため、何かを売ろうとするとき、欲しいものはこういうものではありませんか、という提案が大切になる。「そうそう、私の欲しかったのはこれですよ」という反応を引き出さなければならない。しかし、ただ一方的に提案をするだけでは、当たり外れが多くなる。売る人と買う人が相談して商品やサービスの中身を決めることが出来れば、一番確実である。このような条件は、どのような場合に成立するのだろうか。

分かりやすい事例は、お医者さんと患者の例であろう。ある人、が行きつけのお医者さんに、来週、ヨーロッパに2週間ほど出張に行く予定が入ったのだが、どのような薬を持っていったら良いかと相談したとしよう。お医者さんに相談したのは、専門性を信頼したからであり、自分のことをよく知ってくれていると思うからである。お医者さんは、患者がヨーロッパに出張することを知れば、助言が出来る。普段の診療を通して、血圧が高いとか糖尿病のけがあるとか、知っているからである。

お客さんから相談されるためには、専門性が高いことと、お客さんの様子を普段からよく知っていることが条件になる。「こういうことがしたいのだけど」と相談されたとき、「持ち帰って関係先と検討した後、ご返事いたします」では、注文はとれない。それならこのような部材ではとか、こういう加工方法がよいとかお客さんと議論し、ある程度方向が出た後、「それでは、残された問題点を検討の上ご返事いたします」ならよい。いちいちベンチのサインを見ないでも試合ができるプレーヤーが必要なのだ。会社は組織内にセルフ・エンプロイドを必要としているのである。

 

組織内一人親方が必要

 セルフ・エンプロイド的な働き方をする人を一人親方と呼ぶのは、親方には専門性だけでなくマネジメント能力も人柄も重要という意味合いがあるからであり、その前に「一人」と形容詞をつけるのは、誰の許しも受けずに親方になったからである。また、弟子のうちから親方の気持ちで仕事をする人、という色彩を付け加えたいからでもある。一塊の仕事を始めから終わりまで、人に頼らずにやることができる専門家で、どちらかというと雇用関係というよりは、契約関係で働く人である。一人で勝手な仕事をする孤立した人のことではない。そもそも、前工程、後工程のことを考えないで仕事をするようでは、親方にはなれない。大工さんが、左官屋さんや電気屋さんのことなど考えずに仕事をするようでは一人前ではないのと同様である。

組織内一人親方とは、組織内にあって、お客さんに相当する上司、関連部署、同僚などと良好な関係を保ちながら、自律的に仕事が出来る専門家のことである。問題は、グローバルな競争を勝ち抜くためには、組織内一人親方がたくさん必要であるにもかかわらず、会社も個人も、そのことを十分には理解していないことだ。なぜなら、会社には、ベンチの指示通り選手が動いたから勝ったという、成功体験が色濃く残っているし、何よりもベンチの指示に従わない選手を、ついこの間までは強く叱責するというマネジメントをしてきたからである。個人の方にもその記憶はまだ鮮明である。だが時代は、組織内一人親方を必要としている。

 

専門性が高まれば自由度は広がる

 周りの人から相談されるためには、専門性が高くなければならない。専門性が高ければ組織と対等な関係を保ちやすい。従って、専門性を高めることが組織内一人親方になるカギということになる。しかし、専門知識だけ詰め込めば専門性が高くなるかというと、そうではない。自分らしさに合わないこと、例えば好きでないことは、上手になりにくい。また、先生も教科書も、全てのことを細部まで教えることはできない。それ故、「マニュアルに書いてある接続するとは、こういうことだったのか」と、自分で自律的に理解しなければ腕は上がらない。本にはこのように書いてあるが、本当にそうだろうかと疑問を持つようでなければ、新しい発見はできない。この関係を整理すると、次のようになる。(「一人親方の定義」の図を参照

専門性が高ければ、自分で決定できることの範囲が広がるので、自律的に行動できるし、仕事を通して自分らしさも発揮できる。自分に合っていることであれば、専門性を高める努力が続けやすいし、自律的にも行動しやすい。自律性が高いと新しい切り口も見つけやすいし、人の言いなりにならないので、自分らしさを見つけやすい。このような相互関係があるので、専門性を高めるためには、自分らしさも自律性も高めなければならない。

自分らしさは、自分のことをよく理解できることが基本だが、他人の感情や場の雰囲気などを感知できる能力も備わらないと、上手に発揮できない。親切にしたつもりが、言葉が適切でなくて相手を怒らせてしまったのでは、本来の目的は果たせない。自律性とは、自分を管理できる能力が基本だが、それだけでなく周りの人に協力してもらえるよう働きかける能力も伴わなければ、自律的には行動できない。

自分らしさも自律性も、人と交わることにより鍛えられる。人と触れあわなければ、他人と自分はどう違うか分からないし、人と議論のうえ自分の考え方に結論を導くという経験を重ねなければ、自律的に行動できる条件を整える方法は、学習できない。自分らしさも自律性も、育てるのに時間がかかる。本当に自分が好きなこと、自分がしたいことは、直ぐには分からないのが普通だからだ。
 

キャリア形成上の三つのターン

 専門性を高めることにより、組織内一人親方を目指すとしても、急にはなれない。しかし、安心して欲しい。組織内一人親方にも、見習いもあれば初級、中級もある。一足飛びにはなれないが、順序を踏めば立派な組織内一人親方に成長できる。

一人親方のレベルは、仕事の上で、主として何を管理・運営し、結果をだしているか(この作業をマネージと表現する)により判断される。レベル1は、主としてマネージするのは自分、レベル2は、自分と他人、レベル3は自分と他人とビジネス、レベル4は、自分と他人とビジネスと変化である。キャリア形成の上では、前のレベルから次のレベルの進むかどうかが分岐点になる。(「考え方の変更を迫られる三つのターン」の図を参照

最初の分岐点はレベル1からレベル2に別れるところだ。レベル2では、自分だけで結果を出すのではなく、他の人と協働して結果を出すことが求められる。考え方の変更をせまる最初の分岐点である。例えば、研究者や営業の人のなかには、部下を持つよりは自分が得意なことに専念したい、と考える人がいる。人より3倍売って歩合で稼ぐスーパーセールスマン、ノーベル賞をめざす研究者がそれである。自分をマネージすることに専念しつつ専門性を高める生き方である。どちらの方向に進むかは、個人の選択である。レベル2の方向に進む人は、他人をマネージする能力を獲得しなければならない。他人には部下だけでなく同僚、上司、家族といった人達も含まれる。日本では、他人をマネージする能力が十分でないまま部下を持つポストについてしまうのが普通だ。課長になる前から課長の能力がある人はまれで、多くの人は、課長になってから人をマネージすることを覚える。ポストが人を育てるので、これは、組織に所属することの利点の一つである。

レベル3では、ビジネスをマネージすることが求められる。ここでは、自分の専門以外のことに触れる機会が増加する。販売、設計、製造といった部門だけでなく、人事、経理、資材、といった間接部門と協力して仕事をしなければならない。専門分野の能力だけでなくいわば、編集能力といった力が必要になる。雑誌の編集長は写真も取らないし小説も書かないが、専門家の力を組み合わせ、例えばエコノミストという個性のある雑誌を作り出す。これと同じような力が、ビジネスをマネージしようとすると、マーケティング理論や戦略論の知識と共に必要になる。ビジネスをマネージするのに必要な知識は持っていても、ビジネスよりは職能分野を極めたいと思う人はレベル3の方向に曲がらず、例えば、専門分野の中でも特定の分野のプロを目指すことになる。人的資源分野で人材開発の専門家を目指す、などがその事例である。

 レベル4は、経営者や社会構造の変革を志すリーダーに進む道である。大きな絵を描く能力がもとめられる。誤解しないように付け加えるが、研究者の方向に進んだ人(レベル1を選択)も、専門性の高まりにつれて、他の人にアドバイスしたり(レベル2)、この技術を使えば新しい製品が作れるとビジネスに助言したりするようになる。(レベル3)、更には、この分野の研究を進めなければ世界に遅れるなどと考え、新しい研究分野の開拓に専念したりする(レベル4)。従って、どういう筋道を選択しても、直接、間接的にマネージするものは、自分だけでなく他人、ビジネス、変化などが加わり、高度化する。

 

組織と個人の関係の見直し

 ある会社で、パソコンの製造を中止し、エンジニアたちに液晶TV部門に移るよう指示が出たときの話である。自分をパソコンの技術者と思っていた人は、同業他社に移った。自分を画像と音声に強い技術者と考えていた人は、パソコンでもTVでも同じ技術を使うと考え移動した。自分はハードとソフトの融合製品を造ることが出来る技術者と考えていた人には、社内の他事業部門から、「是非うちに来てくれ、部長にする」などの声がかかって引き抜かれた。ハードとソフトが両方分かる技術者は貴重な存在なのだ。変化の激しい時代には、会社もこれまでのようには頼りにはならない。自分は転職しなくともM&Aのお陰で、日立に入ったのに、富士通や三菱電機の社員になってしまうという事象がおこる。そういう時代は、自分を頼りにせざるをえないが、上記の例にみるように、自分の専門を抽象度が高いレベルでとらえている人の方が生存しやすい。

組織内一人親方は、考え方なので、その気になれば一人で勝手に親方になってよい。その上、仕事が人を鍛えてくれるので、レベルは自ずと向上する。それに伴い、自分の専門は何かという理解も、抽象度が高まる。そして、一人ではとても出来ないことを、組織の力を使って実行することも可能になる。ただ、キャリア形成上の三つの分岐点で、どちらの方向に進むかは、自分で決めなければならないし、各レベルが要求する能力の獲得には努力しなければならない。松井一人だけでも人を喜ばすことが出来るが、チームなら、もっと大勢の人を喜ばすことができる。大リーグ機構となれば野球ファン全員が喜ばす対象になる。組織の力である。組織に使われず、使えばよい。そういう人がたくさんいれば日本は元気になる。

 
 
以上

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