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3Dラーニング・アソシエイツ

米国人材マネジメント協会SHRMの年次大会に参加しました(1)

 
 ースザンヌ・バーガー教授の講演ー

 基調講演やマスターシリーズ(専門家による最先端理論の紹介セミナー)の内容から判断すると、今年の隠れたテーマは、「非常に困難な状況にたいする挑戦とイノベーション」であると思いました。終わりの見えないイラク戦争やインド・中国の躍進の影響が、いろいろなところで感じられたからです。
 中でも、現在アメリカが抱える最大の課題は、「子供達に、少なくとも我々と同じ水準の生活をするチャンスを残すためには、今何をなすべきか」であるとして、グローバル競争時代の企業戦略を研究したMITスザンヌ・バーガー教授のセミナーが、とても示唆に富んだものであったのでここに紹介します。

グローバル化により雇用は失われるか

 バーガー教授とMIT産業生産性センターMIT Industrial Performance Center は、80年代、日本の製造業の成功要因を徹底分析、その後のアメリカの競争力強化に大いに貢献したチームである。今回は、グローバル経済の発展とともに、企業がインドや中国、東欧などに工場を移転、その結果、仕事が海外に流出してしまうのではという問題に、同じチームでチャレンジしている。そのため、賃金の安い国々からの挑戦に最も弱いと思われる、繊維産業とエレクトロニクス産業を主な研究対象とした。

答えは、何もしなければ失われてしまうが、対応策はたくさんあり、正しい答えは一つではないNo silver bulletというものだ。それを象徴的に表現すると、「アメリカで作る」から「世界中で作る」へ、となる。前者は垂直統合、後者は水平統合というもの造りの方式を代表している。

 

何故、「世界中で作る」なのか

 世界中で作ることが有利になりつつある原因は、1)インドや中国、ロシア、東欧などの新しい市場が出現したこと 2)価格変動が激しい製品(例えば半導体)では、製品の高度化に伴って設備投資金額が大きくなり、リスク分散の必要性が高まったこと、3)貿易の自由化が進んだこと等であり、

一方、世界中で作ることを可能にしたのは、1)中国、インドなどの自由市場への参入によって、能力の高い労働者の供給源が拡大したこと 2)デジタル技術と仕様の表現方法の標準化により、物を作る工程の分割がやりやすくなったことである。
この結果、製造工程のアウト・ソーシングや工場の海外移転が盛んになった。

 

アイデアから顧客までの工程のモジュール化

 もの造りのバリューチェインは、【1】R&D、【2】製品のアイデア、【3】設計、【4】部品の購入、【5】製造、【6】検査、【7】ロジスティク、【8】販売、【9】サービス、といったように分割できる。
 例えば、アイ・ポッドを製造するアップルは、上記の【1】から【3】までと【8】と【9】を担当し、部品は日本、組み立ては中国、ロジスティクはフェデックスなどの専門業者に任せることにより、組み合わせによるイノベーションを達成している。部品は既存の製品のために作られたもので、あらためてアイ・ポッドのために開発されたものではない。

 

何を自分でやり、何をひとに頼むか

このように、各工程のモジュール化が可能になったお陰で、真剣に考えなければならなくなったのは、自分のすることと人にお願いすることをどう切り分けるかと言う課題である。自分の強み弱みや、自分の選んだ競争の仕方について深く考えることになったのだ。

 

成熟産業での新しい勝者

 製造工程のモジュール化や輸送手段の低減のお陰で、海外の安い労働力を利用することが盛んになった。では、人件費の高いところは、人件費の安いところに勝てないのであろうか。
 人件費の高いロスアンゼルスでTシャツを作るアメリカン・アパレル社の事例を見てみよう。同社は、一般的には10ドル未満の価格が普通であるTシャツを15ドルで売っている。特徴は、卸売り業者向けに受注商品の75%を24時間以内に発送できるところにある。裁断と縫製は自社、染色や漂白は近隣の業者4社という垂直統合の利点を活かし、安さではなく、速度を売っているのだ。

 この他にも、「呼吸する靴」で有名なジェオックスGeoxは、イタリアの靴造りの伝統技術とワールドワイドな生産ネットワークを組み合わせることにより成長を続けている。中国、ベトナムなど低コスト製造業者に支配されている靴産業でも、やり方によっては、高い収益を上げることは可能なのだ。

 

安い人件費は決め手にならない

  企業が海外に工場を移転するのは、マーケットに近いところで製造する場合と、コスト低減のため、あるいは自国内では枯渇してしまった経営資源を求めて、というケースに大別できる。最近の工場移転は後者の場合が多い。だが、コストを正確に把握することは、とても難しい。イタリアの衣料品メーカーの事例を見てみよう。
  
  この会社は衣料産業が集積している北イタリアにあるが、周辺では優秀な作業者を集めることが難しくなり、生産量を拡大することが出来なくなったので、人件費が10分の1であるルーマニアにセーターの工場を建てることにした。イタリアから指導者を派遣し、従業員の訓練に力を入れたお陰で、やがて、イタリア製、ルーマニア製の区別がつかないくらいの品質レベルに到達することができた。
  しかし、問題はコストである。人件費が高いのにもかかわらず、イタリアのコストはルーマニアの半分である。理由は生産性の差で、イタリアの作業者は機械が故障する前に音や匂いで異常を発見するので、故障による材料の損失を防ぐことが出来るし、機械の修理費も節約できるからだ。いずれ経験を積めばルーマニアの工場でも、上記の様なことも出来るようになろう。しかしその頃には、熟練労働者を求めて他の工場も進出してくるので、賃金の上昇が始まり、生産性の上昇によるコストの低減分を差し引いてしまうというのが経済のダイナミックスである。

 

教育がカギ

  製造や生産設備開発をアウトソーシングすることの問題点は、いつのまにか技術やノウハウが流出し、競争相手を育ててしまう可能性が高いことだ。垂直統合方式はこの点の防御性が高い。しかし、この方式には優れた技能をもつ人々の集積が不可欠である。一方、優良な労働力(学歴が高く低賃金でかつ働く意欲が高い従業員)が海外で利用できる魅力は、企業にとって抗し難い。だから、良い仕事を国内に残そうと思えば、企業が国内で事業を続けることを可能にするような人材をたくさん育てなければならない。

子供達に良い仕事を残すカギは、教育にあると言える。アメリカはこれまで高いイノベーション能力のお陰で繁栄できた。しかし、これとて「生まれながらに保障された権利」ではない。中国、インドの挑戦を真正面から受け止め、経営幹部だけでなくあらゆる階層の生涯教育に力を注ぐべきである。

 

翻って日本は

以上がバーガー教授のセミナーの概略だが、日本の問題意識はここまで行っているであろうか。インド、中国の製造業も10年もすれば有力な競争相手に育ってくる。子供達に良い仕事を残す準備は十分だろうか。高校、大学の教育水準と中身はこれでよいのであろうか、生涯にわたって学習し続ける覚悟は育っているのだろうか。日本企業はこれからもイノベーションを生み出せるであろうか。色々なことを考えさせるセミナーであった。
以上
 
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