タイトルは「環境変化に適応できたものが生き残る」。
概略は以下。
ビジネスの不確実性が高くなると、予測に基づいて対策を講じるよりは、起こった変化に素早く対応する方がよく、進化論的な状況が優勢になる。
それゆえ人材マネージメントHRMもそれに対応できるものに変えていかなければならない。
HRMには大きくわけると二通りの考え方、正義の味方派(日本型に近い)とダークサイド派(アメリカ型と近い)があるが、どちらかというと変化対応に向いているのは、ダークサイド派。
しかし、How to change 時代には両派とも、いろいろ手直しが必要で、俊敏agile, 旅程 journey, 即応体制 readiness, の3つの視点から再点検し作り直す必要がある。
不確実性が高くなった
人々が欲しいものがハッキリしていた時代は、企業は、安くて品質の高い製品をどうすれば作れるか How to makeを考えればよかった。
しかし、豊かになって周りに物が溢れ、人々の欲しいものが多様化してくると、どう作るかよりも何をつくるか What to make が重要になってくる。
ところが変化はそこにとどまらない。
いまや、どう変化するか How to change が重要な時代になったのだ。
理由は、市場のグローバル化や技術の進歩によって、競争の仕方が変化し、ビジネスの複雑性が高くなったからだ。
例えば製品のつくり方である。
世界中に市場が広がる前は、自国の市場で成功を収めてから外国の市場に進出するようなやり方で、十分だった。
だが、インターネットで情報が瞬時に流れる時代では、そんなゆっくりしたやり方では生き延びることは難しい。
たちまち類似品や対抗品が出て、市場を奪われてしまうからだ。
新製品は、できるだけ広い範囲の市場で、できるだけ同じ時期に販売を開始することが望ましい。
そうなると、どこで生産するか、どこの部品を使うか、必要な生産・販売工程のどの部分を自分で実行するか等の判断が、重要になる。
国ごとに異なるデザインや価格、売り方といった違いだけでなく、生産する国の法律、労働市場の状況、技術水準も考慮しなければならない。
国ごとのお客さんの好みに対応しようとすれば、汎用品、高級品といった区分の他に、日本向け、米国向け、中国向けといった市場毎の特徴に合わせた区分も必要になる。
当然、お客さんが欲しがる機能もデザインも、所得水準も法律も、絶え間なく変化する。
ビジネスの複雑性が非常に高くなったのだ。
「複雑性が高い」とは、「半ダースから数ダースの要素が、同時に微妙な繋がりをもって変化するような状況」と定義される(ウォーレン・ウィーバー、1948。
スタンリー・マカリスタル「チーム・オブ・チームズ」より)。
複雑性が高いと、予測が難しくなる。
こうなるだろうという予測の基に計画を立てても、計画の前提が狂うので計画どおりには物事は進まない。
そうなると予測するよりも、方向が見えた段階で素早く対応する方が安全になる。
環境の変化に素早く適応するのが、生き残るための方法となるのだ。
アメリカの経済学者 Lester C. Thurow は、1996年に、世界は今生物学で言う平行断絶期、恐竜が絶滅し哺乳類が栄えるというような時期、にあり、政治・経済の均衡が変わるような大きな変化がおこると予想している。
その理由として、
①共産主義の終了、
②頭脳産業の時代③人口動態の変化、
④グローバル経済
⑤覇権国の不在、の5つを挙げている
(資本主義の未来 The Future of Capitalism)。
これを現在に置きなおして再度点検してみると、
① は、イデオロギーの変化で、資本主義の多様化がそれに相当する。
アメリカ型の自由度が高い資本主義、市場の柔らかい規制を是とする日本・ドイツ型、更には国家資本主義と呼ばれる中国型が登場している。
経営の仕方も株主第一主義かステークホルダー中心主義かという違いや、アンチ強欲資本主義、持続可能な経営という考え方もある。
また、所得格差も大きな問題になりつつある。
② はAIやビッグデータの活用により、新たな産業革命も予感されはじめている。
③ は、少子高齢化と発展途上国での人口増、難民問題。
④ は、一層進んだが、予測とは異なり、世界は均質化するのではなく、多様化の方向に進みそうなことが明らかになってきた。
⑤ は米国も中国も覇権国とは言えず不在である。
どうやら現在の方が5つの理由は、強化されている。そこにコロナウイルスである。
大きな変化は避けられそうにない。
環境変化の程度が大きくて速い場合、強いものが生き残るのではなく、変化に素早く適応できたものが生き残るという、進化論的な状況が優勢になる。
では、ひるがえって、現在の日本の人材マネジメントは、How to change の時代にふさわしいものになっているだろうか。
企業が環境変化に素早く適応するのを助けるようにできているであろうか。
どうもそうは思えない。
人材マネジメントHRMについては二通りの考え方がある。
正義の味方派とダークサイド派である。
前者は、HRMを会社と個人の利益に貢献する有用な方法と広くとらえる。
従業員により良い労働条件を提供することにより、より満足して働いてもらう。
その結果、会社の業績もよくなり、株主も喜ぶ。
社会も雇用の安定という恩恵を受けることができる。
古くは、家父長的温情主義、新しくはネオ人間関係論に繋がり、最近ではステークホルダーの利害のバランスを考える経営論に関係が深い。
後者は、HRMの対象を広くとると、努力が分散し効率が低下する。
HRMの役割は、企業の業績に貢献することに焦点を絞るべきだと考える。
業績が良ければ、株主にも従業員にも報いることができる。
社会的貢献は、貢献度が低い企業は衰退するという形で市場が判断してくれる。
アンチ温情主義、アンチ人間関係論で、経営的には株主第一主義に近い。
二つの考え方のベースには、競争についての文化の違いがある。
アメリカの場合、競争の結果、良いものとそうでないものが区別されるので、競争は良いことだとする文化がある。
公正な競争であったかどうかは問われるが、直ちに、格差イコール悪いこととは思われない。
その為、ダークサイド派が優勢である。
一方、日本の場合は、競争は必ずしも良いものとは思われていない。
競争よりも協調で、そのため競争制限的な価値観が有力だ。
正義の味方派が主流である。
経営幹部の報酬もそれほど多くはなく所得格差は小さいが、アップルもグーグルも生まれず停滞の20年である。
どちらの考え方が、How to change に適しているかは、まだ結論は出ていないが、日本型よりはアメリカ型の方が、変化に素早く反応しているように感じる。
正義の味方派の問題点を、日本型人材マネジメントを題材に、考えてみよう。
正義の味方派の最大の問題点は、事業のあり方と関係なく正しいHRMが存在すると考えがちなところだ。
その為、ビジネス環境の変化がHRMに少ししか反映しない。
例えば、雇用は、守ることに重点が置かれ、必要なところに人を移動させる機能は乏しい。
日本型は、日本経済の停滞の20年に大いに貢献していると言わざるを得ない。
90年代の半ばアメリカで、人材マネジメントは、企業にとって重要な機能、例えば事業戦略の実行、を支援する役割を果たしていないと批判されたが、日本の場合は、そもそもビジネスとの関係が薄い。
そのうえ、80年代、日本的経営が注目を集め、長期的視点から雇用を重視する日本型HRMがもてはやされた為、日本型HRMを維持すれば良いという姿勢が一層強くなった。
その結果、競争の仕方の変化にも気が付くのがおくれた。
日本のHRMが世界から遅れ始めた原因の一つが、正義の味方派的な考え方に対する健全な懐疑が不足した点を挙げることができる。
How to change 時代に適したスペックス(仕様)になっていないのだ。
ダークサイド派の問題点を、アメリカ型人材マネジメントを事例に考えてみると、一番大きい問題は、強欲資本主義と言われる現象を引き起こしていることだ。
利益の追求を是とする考え方が行き過ぎて、株主と経営者の利益の拡大にのみ貢献し、他のステークホルダーの利益はないがしろにされ、所得格差の拡大という社会的な問題を生んでいるという批判だ。
外部コンテキストが、機会の平等だけでなく結果の平等にも配慮すべきという方向に変化しているのに適応できていない。
温暖化やセクハラ、パワハラなどの問題への対応も進んでいない。
要は、変化への適応速度に問題があると整理できる。
変化に素早く適応するためには、HRMの仕組みが、人々の行動様式を俊敏 agileにするよう機能しなければならないと、アメリカのHR関係者は考え始めている。
以下は、2019年6月におこなわれたペンシルバニア大の会議での報告HR goes Agileの内容をまとめたものだが、
① 業績評価をすぐに処遇に反映させる。feedback も直ちに行う
② その為、予算や評価、処遇の決定権をチームのリーダーに委譲する。
③ 組織変更は随時
④ 企業文化をagile なものに変革する、
等が変化対応の要件になりつつあるとのこと。
その他にも、人々の行動様式を俊敏にするためには、旅程journey( 旅行は目的地に着くまで終わらない。
変革も目的を達成するまで途中でやめてはならない、という意味で)、すなわち途中経過を重視する考え方と、変化に素早く対応するためには、事前にそれなりの準備が必要という意味で、体制整備 readiness の二つが必要な条件に付け加えられている。
環境の変化に適応するためには、日本のHRMをHow to change 時代にふさわしいものに変革し、停滞の20年から脱出しなければならない。
その為には、アメリカ型の問題点を考慮しつつ、ビジネスとの関係性をより高めなければならない。
変化の速度を上げるためには、やはり同じようにagile, journey, readiness の三つの視点から、組織や処遇制度のあり方等を見直すことが必要ではないか。
日本型人材マネジメントの再設計が必要な理由がここにある。
以上