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3Dラーニング・アソシエイツ

教育体系をどのように見直すか
  (企業と人材 2008年9月掲載)

 
 

三つの仕掛けが揃っているか

 教育体系とは、建物でいえば構造設計にあたるものである。構造設計の際に、現在及び将来にわたる、建物の使用目的が十分検討されないと、見てくれは良いが使い勝手がよくないビルが出来たり、増築や改築といった将来発生するニーズに答えられない建物ができたりしてしまう。同様に、教育体系もその善し悪しが、人材の育成に影響を与える。良く考えられた教育体系からは、良い人材が育つ。ただし、教育は、企業の活動全体を通して行われるものなので、教育体系とは、階層別の教育プログラムや、職務グレード別に用意された必須科目、選択科目といった教育プログラムの体系図のことだけを意味するわけではない。教育体系とは、一つの組織がもつ「人育てる仕掛け」全体のことである。

 人を育てるには次の三つを整備しなければならない。一つは、人を育てる仕掛け、二つ目は育つ気持ちにする仕掛け、三つ目が、育てる場である。(図表1)
 人を育てる仕掛けとは、教育プログラムだけでなく、実際に仕事を教えるプロセスや業績評価の方法、企業文化などが含まれる。人を育てる仕掛けが揃っていても、育てられる人の方に、自分で育つ気持ちが無いと育てる仕掛けはうまく働かない。そこで、自分で育ちたいという気持ちが生まれるように工夫する必要がある。さらに、育てる仕掛けと自分で育つ気持ちの二つがあっても、実際に習得した知識やスキルを使う場がなければ人は育ちにくい。理論と実践を行ったり来たり出来る場が必要である。これらの三つが有機的に関連し、全体として機能している場合、それは良い教育体系といえる。

■図表1 人が育つための条件(エンゲージメント・ドライバー)

図表1 人が育つための条件

 

1.人を育てる仕掛けの点検

  ビジョンと人材像の関係

 人を育てる仕掛けを作る際、採用されやすいのは、求められる人材像を自分の会社の弱み強みだとか、必要なコンピテンシーだとかから導きだし、その人材像を目標に、階層別の教育プログラムや教育コースを作るという方法である。方法として間違ってはいないのだが、これにはたくさんの問題点がある。一番大きな問題点は、求められる人材像が立派すぎてしまう危険である。

 多くの企業が、会社としてどのように社会に貢献するかを記述した、ビジョンやミッション(使命)とよばれるものを持っている。本来、ビジョンとは、遠くの丘の上に掲げた旗のようなもので、それを目指してジグザグしながら進むことができる目標であり、進むべき方向がわからなくなったとき、それに照らせば判断することができる基準のようなものである。
目標であり、判断基準であるためには、ビジョンは、「それは良い」と人々が共感できるものでなければならない。求められる人材は、ビジョンに共感し集まってくる人々で、ビジョンを達成するに必要なスキルをもつ人材である。共感が第一で、スキルはその次だ。なぜなら、城壁を築く場合、大きい石も小さい石もそれぞれ使い道があるように、人の持つスキルにあわせ、働き場所を見つけることが可能であるからだ。

 一方、グローバルに活躍できる人材が必要などと、ビジネスの動向から不足する能力を判定し、求める人材像を描いたり、好業績者のコンピテンシーなどから人材像を求めたりすると、人材像は理想的な人になりがちである。しかし、実際の組織は、素晴らしい人材ばかりで成り立っているわけではない。ここにビジョンと求められる人材の照らし合わせが必要な理由がある。「美味しい食べ物をつくることで人々に喜ばれたいという」ビジョンを掲げる会社であれば、どんなに専門知識が高くても食べ物に関心がない人は採用しにくい。専門知識は不十分でも、美味しくて安全な食べ物を作ることに役立ちたいと考える人には、それなりに貢献できる持ち場を見つけることができる。

 このように、ビジョンと求める人材像を照らし合わせることにより、人材像が現実離れをする危険を回避することができる。多くの場合、この照らし合わせが出来ないのは、会社のビジョンの方が立派すぎたり、複雑すぎたり、あいまいだったりして、人々の間で共有化されていないからである。その場合は、人を育てる仕掛けの一部として、ビジョンの確立に力を入れるべきである。ビジョンの不在は、人を育てるのに必要な仕掛けの二つ目である、育つ気持ちに影響するからだ。

 

戦略との連動性

 戦略という言葉は、いろいろな意味で使われるが、ここでいう戦略とは、「ビジョンすなわち遠くの旗、にたどり着くための地図を描くこと」と定義する。そのためには、予想される障害物はどこにあるか、どのルートが最も楽にたどり着けるか、などの分析が不可欠である。又、自分の体力や好みにより、目標を目指して最短距離をいくか、あるいは周りの景色を楽しみながらのんびり行くという選択もありうる。実際の世界では、戦略に全ての要件を織り込むことは不可能で、予期せぬ事態に直面することもしばしばである。進むべき方向も、たびたび変えなければならないのが普通だ。のんびり行こうと思っていても天候が悪くなれば急がなければならない。もちろん、進むべき方向は変わっても、遠くの旗を目指していることには変わりがない。教育体系と戦略の連動性とは、企業の進むべき方向や進み方と、人材の育て方がよく連携がとれているかどうかという課題である。

 戦略により必要な人材は異なる。「開拓者精神」とか「(困難な局面に対応できる)丈夫な頭」といった形で表現される、会社が好ましいと思う人材像は共通項としてあるとしても、進むべき方向を変えれば、必要とする人材像も変えなければならない。大型コンピューターを作るのに必要な人材と、パソコンを作るのに必要な人材とは大きく異なるのだ。その意味で、現在必要な人材と、将来必要な人材は同じとは限らない。企業としては、予め、この問題に対するリスクを軽減する対策をとっておく必要がある。この対策のことを筆者は「人材ポートフォリオ」と呼ぶ。人材構成に配慮することにより将来のニーズに備え、リスクを軽減しようとするものだ。問題は、将来必要な人材はそのときになるまでわからないことである。

 このことに対する対応策はいくつか考えられる。その一つは、必要な人材がわかった時点で、必要とする人材を外部から直ちに採用すればよいというタイプものだ。この方針の場合、直ちに採用できる仕掛けを、予め、整えることが対策になる。採用のためには、仕事の内容や必要な能力が直ぐに定義できなければならないが、ジョブ・グレード制などが導入されていないとこのことは簡単ではない。また採用した人と従来からいる人とが処遇の水準を巡って揉めないように、賃金制度も整備されていなければならない。必要な人材がハッキリした段階では、そのタイプの人材に対する需要は逼迫しているはずで、報酬も高くならざるを得ない。幅の広いレンジ・レートや数種類の給与テーブルを持つグレード制が導入済みであることが望ましい。

 もう一つの方法は、出来るだけ幅の広い人材を組織内に持つことにより、必要な人材の変化に対応しようとするものだ。現在はあまり必要でない人材も抱えることになるので、現在のコスト的には高いが、将来の必要人材は内部から調達できる確率が高いので、将来のコストは安いという特徴をもつ。どちらの方法が良いかは、会社が選択する戦略に依存する。例えば、コア・コンピタンスに関係する部分だけは自社で実行し、それ以外は他の会社に依頼するというタイプの戦略であれば、前者が選択されよう。

 どちらの方法をとるにしても、人を育てる仕掛け上、人材のポートフォリオという概念が意識されていることが重要である。

 

組織としての学習

  現代の企業の競争は、一回限りの競争ではなく長く続く競争で、例えて言えば、三勝二敗であれば市場に留まれるが、二勝三敗であれば市場からの退出を迫られる、といった状況にある。そのため、勝っても負けても、一試合毎に強くなるようでなければ生き残ることは難しい。一試合毎に強くなるためには、経験から学ぶことが出来なければならない。この場合大切なのは、単なる勝ち負けの理由の分析ではなく、「次に繋がる経験は何であったか」を考える習慣である。負けた場合は、負けた理由もさることながら、次はどうしたら勝てるかを検討しなければならない。次に勝つためには何をすればよいかが明確になれば収穫ありといえる。勝った場合は、勝った理由の分析を丁寧に行う必要がある。自分が強いから勝ったのか、それとも相手が失敗したから勝ったのか、である。後者の場合は、相手が失敗しなかったとして、それでも勝てたかどうか考えなければならない。

 やったことを真摯に振り返る習慣があるかどうかが、組織としての学習能力を左右する。企業文化の問題だが、組織としての学習能力が高ければ、当然、組織を構成する人の能力も向上するので、人を育てる仕掛けのうちでも大切なものの一つである。

 

2.育つ気持ちにする仕掛けの点検

  期待して、鍛える文化

 人が自ら成長したい気持ちになる場合は、大きく分けて二つある。一つは、周りの期待に応えようとする場合。もう一つは、より自律的に、こういう人になりたいと思った場合である。初めに最初のケースについて考えよう。

 子供の頃を思い出して欲しい。「お兄ちゃんになったのだから」とか、「お姉さんになったのだから」と言われて、それまで出来なかったことが出来るようになるよう、がんばった記憶があるはずだ。「中学生になったのだから」とか、「社会人になったのだから」も同様である。人は期待され、その期待に応えようとして努力する。課長に昇進した場合でも、初めから課長としての能力があって課長になる訳ではない。勿論、昇格したときに既に十分その能力を持っていた人もいるだろうが、大部分の人は、課長に昇進してからその能力をつけるのだ。従って育つ気持ちになってもらうためには、期待が示されなければならない。

教育体系上は、「こういう知識・スキルがあれば課長にする」ではなく、「課長であれば、今、直ぐにではなくても、この程度のことは出来るようになって欲しい」である。期待値を示した上で、必要な教育プログラムをそろえる。必須ではなく、自分で必要と思えば勉強したら、でよい。階層別の教育の要は、期待値の明示であるが、グローバル人材として活躍できるなどの漠然としたものでなく、途上国に新しい工場を建設するプロジェクトを実行できるとか、担当製品を先進国の市場に売り込む仕事ができるとか、具体的に期待する内容が示されているかどうかが、課題である。

仕事の上では、あなたに期待していることはこれ、とはっきり言い、その水準に達しているかいないかのフィードバックをキチンと行った上で、鍛えることが大切である。期待値の明示と現状についてのフィードバック、例えば、「新人としてはまずまずだが、一人前になるには後工程のことをもうすこし知らなければならない」などと説明することなしに鍛えても、成功はおぼつかない。

 

 キャリア観の形成

 自分で自律的に、成長したいと思うためには、キャリア観が形成される必要がある。この場合、キャリアとは、「どういう職業人生活を送りたいかという問に対する自分なりの答え」のことである。この答えは直ぐに出るとはかぎらない。スポーツ選手や芸術家にみられるように、子供の頃から、したいことがわかっている人はまれで、多くの人の場合、この答えは、ゆっくりと発見される。だが、自分のしたいことがわかれば、人は自律的に努力する。従って、教育体系にはキャリア観の形成支援策、別な言葉で言えば、キャリアを自分で設計する能力を高める仕掛け、が織り込まれている必要がある。

キャリアに関しよくみられるプログラムは、節目、節目で、越し方行く末を考える機会を作るものだが、中高年以降だと、なにやら希望退職の前準備めいた印象で問題である。節目、節目で人生を振り返ることは大切だが、それは個人に任せて、会社は、「あなたは何の専門家ですか」という問を発し続けることである。自分を何の専門家と考えるかでキャリアは大きく変わってくるからだ。

例えば、会社がパソコン事業を中止するので、テレビ事業に異動して欲しいとパソコンのエンジニアに提案したとしよう。「パソコンが作りたいので今の仕事をしている」と考えていて、自分の技術に自信のある人は、別な会社でパソコンを作ることを選択するかもしれない。一方、「オーディオ・ビジュアル回路の専門家である」と考えている技術者は、すんなりテレビ事業に異動するだろう。かねがね、「わが社のテレビのオーディオ・ビジュアル回路はたいしたことがない、おれたちがやればもっと良いものが作れる」と思っていたからだ(もっとも、テレビ関係の技術者も、おれたちがやればパソコンの画面はもっと良くなると思っていたのだが)。さらに別の技術者グループは、「ハードとソフトの融合製品を作るのが得意だ」と考えていた。このグループには、社内のいろいろな事業部門、例えばカーナビを作っている部門から声がかかった。ハードとソフトの両方に強いエンジニアは引く手あまたなのである。

このように、自分を何の専門家と考えるかは、仕事の経験と本人が学習したことにより異なる。しかし、一般的には答えの抽象性が高い程、キャリア選択の範囲が広がる。抽象性は、専門性が高まるほど高まる。それ故、「あなたは何の専門家ですか」という問いを、業績評価の場面、目標管理の場面、自己分析の場面で発し、キャリア選択の範囲が広くなるようガイドすべきである。そして、キャリアについて考える際にありがちな、「自分探しの迷路」にまよいこまないよう支援すべきである。(図表2)

■図表2 キャリア形成の方法(理想形と現実的方法)

図表2 キャリア形成の方法

 

3.育てる場の点検

  人材育成の財政基盤

 育てる場を点検する際、まず一番にやらなければならないのは人材開発に使う金額の点検である。日本の企業は、業績が良いと教育投資を増やし、業績が悪いと減らす傾向がある。当然ある程度の変動は必要だが、投資は経営判断であり意志の表明である。景気が良いときに投資を増やし、悪いときに減らすという行動を続けているとどうなるかは、半導体産業その他に見るように明らかである。意思を持って継続的に投資を続けた競争相手に負けてしまうのだ。

教育は、研究開発投資や設備投資と同じように投資なのである。売上高のx%とか、総人件費のy%とか目標を定めて実行すべきである。「あなたの会社の教育投資は売上高の何%ですか」、と役員クラスに訊いてみるのがよい。答えられるケースは非常にすくない。一方、「研究開発費は」、とか「設備投資金額は」とたずねると答えられる場合が多い。

「教育投資は大切」と口で言う人は多いが、本当は研究開発や設備ほど大切と考えていないのだ。ところが欧米の先端産業の会社に、「あなたの会社の教育投資は」と聞くと、売上高のx%とか、総人件費のY%、といった形で答えが返ってくるケースが多い。日本は教育投資の金額で負けているだけでなく、教育についての考え方においても負けている可能性が高い。

 

 選抜研修制度

 近年、選抜研修制度を取り入れている会社は増えてきているが、なぜ選抜教育が必要なのかを本当に理解している人は少ない。ここで、必要な理由を整理しておくので、自社の状況と照らし合わせて、理解度を高める努力をして欲しい。制度の理念についての理解度を高めておかないと、折角の制度が人を育てる場として上手く機能しない。

1)人は困難な状況に直面しそれを乗り越えることにより成長する。しかし、そういう経験をする機会はたくさん在るわけではない。選抜制度は、次に一皮向ける経験をさせる候補者を選んでいるので、昇給や昇格とは別な原理ものである。一度選抜者に選ばれたら永遠に選抜者というわけではない。伸びれば卒業し、延びなければ他の人にチャンスをまわす、というだけのこと。階層別に選抜制度を作るのはそのためで、主任のときはたいしたことがなかったが課長にしたら断然成長したというケース、その反対のケースがままあることを思い出して欲しい 

2)人は失敗から学ぶ。そのためには、出来るだけ早く失敗させるのがよい。Failure cheaply and quickly である。責任権限が大きくなってから失敗したのでは、損害も大きいし、本人も再チャレンジのための持ち時間が少なくなってしまう。それ故、選抜制度は若い時期から始めた方がよい。

3)困難な状況に直面させるので、事前準備としての研修が、必要である。海に入る前に準備体操をしたり、体に水をつけたりするのと同様である。

4)部下や上司、仕事に恵まれると業績は良くなってしまうし、一度よい評価がつくと、その後もよい評価になり勝ちである。従って、業績評価にたいする健全な懐疑が必要であり、本当に出来るかどうかや、どういう場面で実力を発揮するか確かめる必要がある。

5)選ばれなかった人のモラールを心配するより、評価ばかりを気にする企業文化を心配すべき。本当に伸びる人は、評価などをあまり気にせず、仕事が面白いと夢中になっている人である。選ばれて天狗になる人も、選ばれずにがっかりする人も所詮その程度の人で、将来のリーダーには向かない。成功してもおごらず、失敗しても卑屈にならない企業文化が大切である。
 

 Aポジション

 選抜制度が機能するよう制度的に工夫しなければならないことはたくさんある。一皮むける経験のためのローテーションを実行するための工夫などもその一つである。

 ローテーションについては総論賛成、各論反対の傾向が強く、なかなか実行が難しいと言う声をよく聞く。だが、ローテーションが円滑に実行できないのは、昔に比べAポジションの把握が不十分なためである。Aポジションとは本来、企業にとって戦略的に重要なポストのことであるが、人を育てることが競争に勝つためにきわめて重要になってきた現在、新たな性格を付け加えることが必要になってきた。「人を育てるのに適したポジション」がそれである。

例を挙げれば、
1)新任課長や新任部長に丁度よい大きさのポスト
2)上に素人がきても十分支えられるベテランがいる部署
3)上を引き抜いても大丈夫な後任が育っている部署
4)コア業務と関係が薄いが収支責任を伴う独立子会社のトップ
などがそれである。

2)や3)のポジションは人事異動により状況が変化してしまうので、チャンスを捉えてローテーションをおこなわなければならないので、職場の状況をよく観察していなければならない。昔はこういう観察を、ベテラン人事課長や事業所長、設計部長や製造部長がおこなっていたので、ローテーションは比較的円滑におこなわれていた。しかし、現在では、仕事の忙しさに紛れ、このAポジションの把握が不十分な傾向がある。
点検して欲しい。

 

 まとめ

 最後に付け加えたいことは、教育体系の見直しをする際、自分で実行することは何か、外部の人に依頼すること何かを十分に検討して欲しいということだ。現代の競争は、自分は何をし、何をしないかを考える競争であり、それは人材開発にも当てはまる。他社のベスト・プラクティスを導入したり、他流試合の場として社外の教育機関を活用したりすることも考えるべきである。

 
以上
 
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これからも随時他のビジネス誌等に寄稿した関島康雄のコラムをご紹介していく予定です。
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