組織内一人親方にとって大切なのは給与ではなく、業績を反映するインセンティブと、腕を鍛えてくれる仕事、キャリアを高めるのに役立つ業務経験である。この条件が満たされなくなったとき転職を考える。 会社は、自分のビジネスモデルを実行するのに必要な人材を確保したい。ビジネスモデルの変更、すなわち顧客、あるいは顧客に提供する価値の変更を迫られた場合や、競争に勝つための戦略の変更を迫られた場合、内部リソースを変化の方向にすばやく組み替えることが求められる。不要になった事業や人材を外部に放出、あるいは他に転用し、必要な人材を改めて集めなければならない。両者のニーズが一致した場合、働く・雇うという労働契約が成立する。
「交渉」にあたっては、双方が相手の情報を集める必要がある。「これから働こうとする会社はどんなところなのか」、「仕事は自分の能力を十分発揮できるものなのか」、「面接に来た人はこちらが期待する能力を十分持っているのだろうか」「ほかにもっとよい候補者がいるのではないか」等など。だが、情報収集にはコスト、時間とエネルギーと費用がかかる。取引のコストである。これ以外にも、働く方からみれば、新しい環境に順応したり、新しい人脈を築いたりするコストがかかる。雇う方は、会社の組織や規則の説明が必要になる。これもコストである。
アメリカの場合、あるポストを埋めようとすると、普通、そのポストの給与の17ヶ月分のコストがかかるといわれる。交渉はものいりなのである。だから、ひとたび交渉が成立し契約が出来た場合は、出来るだけ両者の合意の期間を、長くすることが両者にとって効率的である。
21Cに移る直前の1995年ごろから、アメリカの人事処遇制度が、大きく変化した理由は、この取引コストが大きくなったからである。ビジネスの成長により、ネット企業は通常のビジネスが出来る人材を必要とするようになった。ネットで売っても、商品は届けなければならない。そのためには、仕入れなければならず、在庫管理も配送も必要だからである。一方従来型のビジネスがネットビジネスに乗り出す場合、ネットの分かる人材がどうしても必要である。そういう訳で、人の引抜が盛んになり、取引コストがかさんだのだ。良い人を引き抜くためには、あるいは良い人を引き抜かれないようにするためには処遇条件を良くしなければならない。
取引コストに対する関心は、チームについての関心を必然的に高める。自分が思う存分能力を発揮しようと思えば、仕事をする環境としてのチームの存在が重要になる。プロ野球の選手が、優勝を狙えるチームで活躍したいと考えたり、研究者が、十分な研究サポートスタッフがいるかどうかが気になったりするのは、自分の力を発揮したいからである。
引き抜き防止のためにも、優れたチームは不可欠である。製品設計者の場合、お客のニーズを的確に伝達してくれる営業や、すばやく試作してくれる製造部門の存在がないと、力が出しにくい。自分を支える環境に十分満足している場合は、別なところで新しい人脈を作るとか、新しい環境に溶け込む努力をするとかいった取引コストを払ってまで転職しようとは思わない。